サガン −悲しみよ こんにちは−
(2008)
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サガンの息子が語る、彼女の本当の姿とは
ぴあ編集部
フランスの作家フランソワーズ・サガンの伝記映画『サガン -悲しみよ こんにちは-』が、6月6日に封切られた。処女作『悲しみよ こんにちは』が世界的ベストセラーになり、18歳にして時代の寵児となったサガンは一体どんな人物だったのか。本人は2004年に亡くなってしまったが、一人息子のドニ・ウェストホフ氏がこの作品の監修を務めた。
映画の中ではサガンは常に取り巻きに囲まれ、友人と同居し、賑やかで華やかな人生だったように見える。サガンの小説の、突き刺さるような孤独感は感じられない。
「母は人に囲まれるのが好きでしたが、それは孤独に耐えられなかったからです」と語るのは、ウェストホフ氏。育ちの良さを感じさせる紳士だが、あくの強い母親をもったせいか、おとなしく頼りなげな印象である。
「孤独を自分から選ぶというよりも、孤独の方が否応なしに母を襲ってくるという感じでした。部屋にひとりで引きこもることもよくあって、それは母にとって重要なことだったようですが、同時に家の中に誰かの存在を感じているのも必要でした。人間関係という面では、孤独ではなかったと思います。幸せなことがあろうが不幸なことがあろうが、常に人との繋がりは存在していましたから。でも、心の中は常に孤独でした。母はよく言っていましたよ。人間は生まれてから生きるのも死ぬのも孤独だ。それは人に囲まれていようといまいと同じであると」。
<『サガン -悲しみよ こんにちは-』の劇中写真>
現在はサガンの書籍の再販管理をし、スポークスマン的存在であるだけに、インタビュー中、母親を肯定する言葉が目立つ。しかしそれはなぜか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「母は人によって見せる面が違っていました。だから友人たちでさえ、それぞれ人物像について言うことが異なるのだと思います。そのうえ亡くなってからは、みんなが自分の思い出を守りたがり、自分のイメージこそが真実だと言っている。でも私はとても親密な関係でしたから、私こそが本当の彼女を知っていたと思います」。
どこか必死な言葉は、子供の頃足りなかった愛を今思い出と言葉で埋めようとしているかのように見える。それは映画で描かれていたサガンの華やかな人生の影にあった、息子の孤独という代償なのかもしれない。
『サガン -悲しみよ こんにちは-』
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